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| 1979 | ![]() |
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| 1981 | 米国企業からの依頼で、当所では初めてのバイオ特許を出願。 |
| 1983 | 大阪大学からの依頼でキシラナーゼ遺伝子特許取得、後に日本国特許庁審査官のテキストに採用される。 |
| 1984 | 米国企業からの依頼で、日本で最初の植物遺伝子の特許を出願。その後次々に同特許を出願。 |
| 米国、ヨーロッパの顧客やパートナーを訪問するビジネストリップを開始する。 | |
| 1988 | 米国カイロンコーポレイションからの依頼で、C型肝炎についての発明第一号出願。当時14件の異議申立をすべて克服して特許を取得。 |
| 大阪市・北区にオフィスを移転。 | |
| 1990 | ![]() |
| 1992 | 所員数増加により、大阪ビジネスパークにある東京海上のビルに分室を設ける。 |
| 1994 | クリスタルタワー15階にオフィスを移転。 |
| ノーベル賞を受賞(2000年)したアラン・ヒーガーの有機ELの発明を出願。 | |
| Renner, Otto, Boisselle & Sklar オフィスと当所で、所員のExchange Programをスタート。 | |
| 1995 | 英国「Euromoney Guide」誌において、所長の山本秀策が「The World's Leading Patent Law Practitioners」に選出される。 |
| 1996 | 初めての試みとしてMr. John Tessensohn をロースクールに留学させ、首席で卒業。 |
| Snell & Wilmer, Arizona オフィスと当所で、所員のExchange Programをスタート。 | |
| 1997 | 米国のバイオ分野でのトップ企業と取引を開始。 |
| 1998 | 当所の理念である「SPEED&QUALITY」を明文化し、全所員に配布。 |
| 1999 | 創立20周年を記念し、世界をリードする知財の実務家から知財に関する代表的な論文を集めた『20/20トウェンティー・トウェンティー』を出版 |
| 『20/20トウェンティー・トウェンティー』が欧米の多くの法律事務所、 Law School、大英図書館から評価を受ける。 |
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| 2001 | 事務所の交響曲「Own Tomorrow With Revolution Today」を創作・発表。 |
| 当事務所がASIA-PACIFIC LEGAL 500 に選ばれる。 | |
| 2003 | ![]() |
| 2004 | 日本における知財分野の第一人者として、所長の山本に対するテレビ出演の依頼、新聞の掲載の依頼が増える。 |
| 2006 | フジサンケイビジネスアイにて「国際競争力の源は、知的財産とサイエンスである。」との見解を示し注目を浴びる。 |
| 2007 | ![]() |
| 2009 | 創立30周年に山本所長の語録集『本質を見ぬく力』の日・英本を創作・発表。 |